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2018年5月24日 (木)

江の島道、江の島弁財天道標探索ラン(2)

5月19日のこと。杉山検校の江の島弁財天道標探索ラン、5基目から。マップの番号とレポの写真番号と道標の数が一致していないのは、仕事が雑だからcoldsweats01 マップはコチラ>>

さて、5基目は密蔵寺筋向かい角(7)。隣に庚申供養塔。密蔵寺門山門前にも江の島道道標があり、正面に「弘法大師道」右面に「向 江嶋道」とある。密蔵寺は相模国準四国八十八箇所の第十七番霊場なので、「弘法大師道」なのだろう。

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上諏訪神社下と泉蔵寺前に庚申塔があるがマップで省略して、(8)泉蔵寺と片瀬小学校の角に6基目の道標。これは境川の新屋敷橋先、馬喰橋(うまくらばし)際東から移設されたもの。片瀬小学校の前にはもう1ヶ所石造物群がある。2基の庚申供養塔と双体道祖神1基。

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馬喰橋を渡って上山本橋へ向かうカーブに庚申供養塔がある(マップ参照)。青面金剛の上部に日・月・雲、下に三猿のハッキリした状態の良い庚申供養塔が多い藤沢市。省略した庚申供養塔には青面金剛が邪鬼?を踏みつけ、鳥が浮き彫りになっている。そこまで書くならココに載せなよって思ったけど、省略bleah 江の島道は境川の渡し場(石上渡船場)から川を渡った。江戸時代末期の境川はかなり蛇行しており、現在の(9)大源太公園付近に渡し場があった(渡し場の話は次の次くらいのレポで触れる予定)。以前は片瀬市民センター構内にあった道標が公園に移設されている。この7基目はどこかの橋で部材として使われていたらしい。確かに、使えそうな感じではあるなsweat02

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石上地区をJR藤沢駅に向かって緩やかに上る。石上の公民館横に石上神社が鎮座していた。元は渡し場の近くに祀られていたそうだが、洪水のたびに浸水するので遷座したということらしい。(10)砥上公園内に8基目の道標。庚申供養塔、馬頭観音塔、道祖神なども並んでいた。8基目は市役所新館にあったものだが、新庁舎建設に伴い江の島道沿いの現地に移設された。市役所新館にあった3基はいづれも橋の部材にされていたもののようで、元の場所は不明だ。

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Shiyakusyo JR藤沢駅の地下道を通って遊行通りに向かうのだが、道標案内板で話題の新庁舎を見にいった。手前左の建物が市役所新館で現在は閉鎖。新庁舎は1階が解放されていた(この日は土曜日だった)。あれが本庁舎(新庁舎)で、手前が新館。妙な感じだが、以前は新館構内に3基あり、それぞれ江の島道沿いに復帰したわけだ。

残りは5基。続くrun

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