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2018年5月26日 (土)

都筑・正覚寺のハナショウブとアジサイ2018

今年も天台宗長窪山正覚寺にハナショウブとアジサイを観にラン。5月に参拝したのは初めてじゃないかなぁ。いつもより大分早いよwink スイレンが咲く池の奥に本堂。今年の本堂は五色幕?が掛けられ華やかだった(団体さんが本堂前を埋め尽くしていたので撮らず)。明日、薬師護摩供養が行われるためか。

ハナショウブは3分咲きくらい。

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墓苑の斜面一面にアジサイ。北側が白系、南側が赤系。白いアジサイは斜面の下の方が見頃の走り。赤系が色づき始め。

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団体さんに押し出されるように正覚寺から退却coldsweats01 次の週末にはハナショウブとアジサイ、両方良い感じになりそう。2016年と同じくらいの咲き方だ。

今日のランは正覚寺がメインなのだが、20kmくらい走りたいうえに都筑緑道はパスだな、とか注文の多いランナーは、「そうだ、鎌倉街道中道の続きを走ろう!」と思った。下道でも良かったのだが正覚寺を絡めやすいのは中道だと、思ったのだ。しかし今になってみると、中山-正覚寺-菊名で下道を丸子の渡しコースでも良かったなー。下道の方が過酷じゃないしsweat02 過酷だった中道の巻は後日UP。坂が多すぎて記憶が定かでない部分もあるんだけどcoldsweats01

江の島道、江の島弁財天道標探索ラン(4)

5月19日のこと。杉山検校の江の島弁財天道標探索ラン、最後の13基目を見にいく。江の島道は、藤沢宿の江の島神社一の鳥居スタートの道(本道)の他にもいくつかある。レポの最初でUPした腰越の江の島弁財天道標は小袋谷からの江の島道にあったと思われる。13基目は藤沢宿京方見附よりも西側から分岐し、境川の石上の渡し場に向かう道にある。江の島道脇往来とか、大山道、鎌倉道とも呼ばれた。 マップはコチラ>>

旧東海道を湘南高校入口左折。最初のカーブに白旗稲荷社が鎮座。境内に庚申塔、二十三夜塔、双体道祖神などの石塔があった。

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日本精工の角に三面三猿の庚申塔。旧道は、今は日本精工敷地となった場所を通り、一本松に続いていた。(15)13基目の江の島弁財天道標は、昭和22・23年頃まで法照寺から北東約60m付近(日本精工敷地)にあったそうだ。法照寺境内には庚申塔が、やたらにある。めっちゃ多いcoldsweats01

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本来「一切衆生」のところ「二切」とあるが、「二世」の文字とは書体が違うので後で彫られたと思われるが、彫痕は古く、いつ誰が何のためにやったのか分からない。

小田急江ノ島線高架下を通り、江ノ島線とJR東海道線がクロスする一本松へ。一本松踏切を渡って、また江ノ島線を渡る。え?3回目train その3回目の先が橘の辻。これまで見てきた典型的なタイプ。青面金剛の上部に日・月・雲、下に三猿のハッキリした状態の良い庚申供養塔。気づかなかったが、右面に「右ゑのしまみち」と書かれていたらしい。

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旧道は藤沢橘郵便局付近から消滅。江戸時代末期の境川は今の上山本橋(江の島道本道で通った)上流で石上駅方向に蛇行し、桜小路公園第一・第二蓮池を痕跡として、柳小路駅の東方向に流れていた。今の大源太公園北側辺りが「川袋」と呼ばれる曲流の始まる場所で、石上渡船場が置かれていた(天正年間までは「砥上渡し」と呼ばれていた)。渡し場の近くに立つのが石上地蔵尊。1654年に造立された鵠沼最古の地蔵尊(総高159cm)である。大源太公園の道標前に戻って、江の島道脇往来ゴール。もう一回江の島道を藤沢駅に向かって駅前にゴール。

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由比ガ浜スタートの総走行距離は21.4km。全体マップ↑は42.195km.netさんで作成、青ポチは5kmのマーク。確認できない14基目は、東海道の辻堂から今の辻堂市民図書館付近を通り、鵠沼海岸7丁目に至る道沿いにあったらしい。鵠沼運動公園付近の民家に置かれているそうだ。以上で、江の島道レポ終了。

2018年5月25日 (金)

江の島道、江の島弁財天道標探索ラン(3)

11koshindo 5月19日のこと。杉山検校の江の島弁財天道標探索ラン、レポ3回目は東海道線の北側(江の島道を江の島から藤沢宿に向かう逆ルート)。9基目から12基目まで。

マップはコチラ>>

遊行通りを遊行ロータリーに向かうと、右手に囲いで閉じられた庚申堂がある。堂内に祀られている木造の青面金剛像と両脇侍立像は市指定文化財。お堂の周りに集められた庚申塔群の一部も文化財なのだが、敷地内に入れないので案内板が見えない。奥に安置された大きな2体のことだろうか。

江の島弁財天道標9基目は遊行ロータリー(11)にある。市役所新館構内から移設されたもののひとつ(市役所にあった3基は橋の部材になっていた疑いがある)。

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ロータリーから旧道へ。蔵前のこの辺りだけ、旧道の雰囲気が感じられる。国道467号線に戻って、遊行寺橋の袂に藤沢宿高札場跡。橋から少し南下した場所には江の島神社一の鳥居があったそうだ。

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道標は当時の浮世絵に一の鳥居脇に立っていたことが描かれている(12)。江の島道は一の鳥居から始まる道であるのに、諸事情により逆走coldsweats01 この道標も市役所新館構内から移設されたもので、8~10基目の計3基が江の島道沿いに復帰したのだ。元はどこにあったものかは不明だが。

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初めてふじさわ宿交流館に寄り道。旧東海道の遊行寺広小路にあたる。ここで、街道マップをゲット。江の島道のことも書いてあって嬉しい資料となった。

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11基目は藤沢市指定文化財ではない唯一の杉山検校道標。遊行寺のどこかにあるとか情報だったので(交流館で貰ったマップに載っていないし、スタッフも知らないと言う)、遊行寺(清浄光寺)の黒門(惣門)をくぐり、桜並木が涼やかな石段(いろは坂)を上って、ふと右の赤門に目が行った。遊行寺の塔頭だった眞徳寺。もしや...大当たり!遊行寺でなく眞徳寺の境内(13)だったのか。「ゑ」までしか見えていない。道標上部の一尺ほどが残っている状態だ。特に案内板など無いが、ここで保護されているんだね。

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次は東海道に八王子道・厚木道が合流する付近にあったのかもしれない道標を見に、白旗神社に向かう。白旗交差点交番奥に伝義経首洗い井戸を見に寄り道。首実検の後に片瀬浜に捨てられた首が境川を遡り白旗神社付近に漂着。里人が拾い上げ、この井戸で洗い清めたと伝わる。さすがに首は捨てないよねぇ。

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12基目は(14)白旗神社拝殿への石段の脇、庚申塔群の端に立っている。八王子道・厚木道は現在の国道1号線付近で分かれている。庚申塔群の中には指定文化財・寛文五年庚申供養塔があるのだが、この真ん中の?程度の感じ。なにせ庚申塔が多すぎる。確認できなかったが、左面に「これよりほしのやかいとう」右面に「此れよりはちおうしかいとう」と記されているのだそう。「ほしのや」とは座間の星の谷観音のことで、厚木道である(坂東三十三観音参照>>)。[追記 Wikipediaによると、道標を兼ねた庚申供養塔は真ん中のじゃなくて、右隣りの三面三猿の庚申塔だった]

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残る指定文化財の杉山検校の江の島弁財天道標は1基。それは江の島道脇往来という別ルートにある。次回、レポ最終回は脇往来の巻。

2018年5月24日 (木)

江の島道、江の島弁財天道標探索ラン(2)

5月19日のこと。杉山検校の江の島弁財天道標探索ラン、5基目から。マップの番号とレポの写真番号と道標の数が一致していないのは、仕事が雑だからcoldsweats01 マップはコチラ>>

さて、5基目は密蔵寺筋向かい角(7)。隣に庚申供養塔。密蔵寺門山門前にも江の島道道標があり、正面に「弘法大師道」右面に「向 江嶋道」とある。密蔵寺は相模国準四国八十八箇所の第十七番霊場なので、「弘法大師道」なのだろう。

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上諏訪神社下と泉蔵寺前に庚申塔があるがマップで省略して、(8)泉蔵寺と片瀬小学校の角に6基目の道標。これは境川の新屋敷橋先、馬喰橋(うまくらばし)際東から移設されたもの。片瀬小学校の前にはもう1ヶ所石造物群がある。2基の庚申供養塔と双体道祖神1基。

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馬喰橋を渡って上山本橋へ向かうカーブに庚申供養塔がある(マップ参照)。青面金剛の上部に日・月・雲、下に三猿のハッキリした状態の良い庚申供養塔が多い藤沢市。省略した庚申供養塔には青面金剛が邪鬼?を踏みつけ、鳥が浮き彫りになっている。そこまで書くならココに載せなよって思ったけど、省略bleah 江の島道は境川の渡し場(石上渡船場)から川を渡った。江戸時代末期の境川はかなり蛇行しており、現在の(9)大源太公園付近に渡し場があった(渡し場の話は次の次くらいのレポで触れる予定)。以前は片瀬市民センター構内にあった道標が公園に移設されている。この7基目はどこかの橋で部材として使われていたらしい。確かに、使えそうな感じではあるなsweat02

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石上地区をJR藤沢駅に向かって緩やかに上る。石上の公民館横に石上神社が鎮座していた。元は渡し場の近くに祀られていたそうだが、洪水のたびに浸水するので遷座したということらしい。(10)砥上公園内に8基目の道標。庚申供養塔、馬頭観音塔、道祖神なども並んでいた。8基目は市役所新館にあったものだが、新庁舎建設に伴い江の島道沿いの現地に移設された。市役所新館にあった3基はいづれも橋の部材にされていたもののようで、元の場所は不明だ。

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Shiyakusyo JR藤沢駅の地下道を通って遊行通りに向かうのだが、道標案内板で話題の新庁舎を見にいった。手前左の建物が市役所新館で現在は閉鎖。新庁舎は1階が解放されていた(この日は土曜日だった)。あれが本庁舎(新庁舎)で、手前が新館。妙な感じだが、以前は新館構内に3基あり、それぞれ江の島道沿いに復帰したわけだ。

残りは5基。続くrun

2018年5月23日 (水)

江の島道、江の島弁財天道標探索ラン(1)

5月19日のこと。江戸時代の鍼師・杉山和一(杉山検校)が江の島への参詣道に建てたと伝わる江の島弁財天道標は、元は48基あったそうだ。現在十数基が確認され、内12基が藤沢市指定文化財である。杉山検校の江の島弁財天道標はどれも尖頭角柱で、正面に弁財天を表す梵字と「ゑ能し満道」、右面に「二世安楽」、左面に「一切衆生」と深く彫られている。My走り場湘南であるから、すでに江の島道ラン実施済みだし道標も何度も見ているが、全部見たことは無い。そこで、今回は道標メインで。下調べにより文化財の内1基は見られない(私有地内の為)ことが分かった。それ以外、見つけるぞーrock それで、見つけちゃったマップはコチラ>> 何回かに分けてレポする。事情によりランのスタート地点は由比ガ浜。そのため、藤沢宿から江の島に向かう江の島道を逆に回ることになり、マップに振った道標番号とレポの番号は合っていないbleah

由比ガ浜の鎌倉海浜公園に三浦半島サイクリングのマイルストーン(全8ヶ所)がある。今まで散々見逃してきたが、やっと撮った。残るは湘南国際村だけど、あそこは山の上だからなーsweat01

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02hamabossu_2 続いて、稲村ヶ崎公園から荒波と江の島ビュー。晴れたら江の島の右に富士山が見える絶景ポイントである。

公園ではハマボッスやハマヒルガオ、ハマダイコンが咲いていた。海岸の植物が咲く季節になった。

何の工夫も無く国道134号線を小動交差点まで。歩道の拡幅工事が進んでいて助かる。腰越からようやく江の島弁財天道標の旅が始まる。

最初の杉山検校の道標は鎌倉市内に唯一残るもの。現在は(1)腰越行政センター敷地内にあるが、元は鎌倉道の小袋谷から分岐して腰越に向かう道の角、現在の腰越漁港付近にあったもの。藤沢宿からの江の島道とは違うルートである。

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本来はゴール地点にするべき江の島run 辺津宮に参拝。

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(2)江の島の道標は辺津宮への階段参道の踊り場、福石の前にある。ただ、道標として江の島内にあるのはヘンなので、別の場所から移設されたと考えられている。

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(3)洲鼻通りの道標は、近隣の工事現場から発掘されたもの。頭頂部が欠けている。江ノ電を渡った先、(4)龍口寺分岐の角に江の島弁財天道標(市指定文化財)があるが、杉山検校の道標ではない。三面に「従是右江嶋道」「左龍口道」「願主江戸糀町」と彫られている。

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常立寺の門前に(5)寛文庚申供養塔(市指定民俗文化財)。「南妙法蓮華経 帝釈天王」と記された日蓮宗関係の庚申塔で、このタイプは珍しい。そのほど近く、片瀬市民センターの斜め前に(6)西行戻り松の江の島弁財天道標(杉山検校の道標4基目)。裏面に「西行のもとり松」と彫られているのが、他に見られないパターンである。

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05honrenji 西行もどり松の彫られた道標は、元は本蓮寺の脇にあったようだ。現在も本蓮寺の門横に戻り松の石板と松がある。

これで杉山検校の江の島弁財天道標を4基確認した。まだ3分の1だが写真整理できていないので、続くcoldsweats01

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